最近は餅つきもしませんね。

暮れにはお正月の鏡餅などを作るのに、多くの餅つきをしましたが、
今では餅つきをしている話は聞かなくなりました。

当時は杵と臼で朝から何升もの餅をついたものです。
あんこ餅や、ヨモギ餅、などをたくさん作り作りたてのお餅の美味しさは、
忘れられません!

何時から餅つきをしなきなったのでしょう。
餅つき機が出来てから杵と臼の必要がなくなり、
機械で餅をつく様になったのです。

ですが,餅つき機でも、餅つきでしが、
今では、鏡餅なども買って来る時代になって来ました。
昔から神様にささげるために行われていた年末の行事も一つなくなりました。

お正月のお雑煮のお餅も、
今では、みんなパックに入ったお餅になってしまいましたね。
昔の家族総出でついた御餅つきも貴重な伝統行事だったのですが、
収穫感謝祭でも、餅つきがお決まりでした。

その餅で、雑煮を作り一年の収穫に感謝したのですが、
スーパーでは一年中お餅を売っている時代になりましたね。

時代とともに、各地の伝統や風習も変わって行くのです。
それが良いことなのか、悪いことなのかは、分かりませんが、
一年を締めくくる大事な行事であったことだけは間違いのないことだったのです。
今度は何がなくなるのでしょうか。

私にとってお正月といえばバーゲンの時期!

私の年末年始の楽しみはお正月のバーゲンセールです。

毎年1月1日はお気に入りのブランドのテナントが入っている
ファッションビルのバーゲンセールへ向かいます。

今年の年末年始はというと、
12月31日は地元の遊園地のカウントダウンイベントへ彼氏と行きました。
それはそれで楽しかったのですが…

私の年末年始の一大イベントはバーゲンセールで
かわいい洋服をゲットすることなので、
カウントダウンイベントが終わって彼氏と解散して
一旦家に帰って次の日に備えて寝ました。

そして始発電車に間に合うように起きて始発電車に乗りました。
お店の開店時間は10時からですが、
バーゲンの時は毎年開店前にすごい行列ができるので、
気合いをいれて始発電車に乗り、ファッションビルへ向かいました。

始発電車で来たのですが、もうすでに並んでいる人がいて
上には上がいるなと思いました。
ちょっと寒いけれど、開店時間まで並んで待っていました。

そしてお店が開店し、お目当てのショップへ走りました。
始発電車に乗って並んだかいがあって半額になったかわいい服を
沢山ゲットすることができました。

そして、家に帰ってゲットできた服たちで
一人ファッションショーをするのが私の1年の始まりです。

おばあちゃんは最強の花札プレイヤーだった。

私のおばあちゃんはすごくお料理が上手で、
年末年始には「どこのレストラン!?」ってくらい、
おいしいごちそうを作って待っていてくれた。

親戚中が集まるので、お年玉はいっぱいもらえるし、
仲の良い従兄妹とも遊べて、毎年楽しみにしていた。

ある年のお正月、おいしい物をたくさん食べてお年玉もゲットして、
ホクホクしていたら、ある親戚が「花札をやろう」と提案してきた。

カードゲームが好きだった私は、迷わず参加。教えてもらいながら、
何回かプレイしているうちに、すっかりコツを掴んだ。

せっかくだからお菓子を賭けて遊ぼうということになり、
ゲームは白熱。そこに、おばあちゃんがやってきた。
「私も入っていい?」と言うので、もちろんOK。

のんびり屋だから、そんなに強くないだろうと、正直見くびっていたんだけど・・・。

まずは両手を腕まくり。ゲームがはじまると、
鮮やかな手つきで花札を操り、時に座布団に叩きつける。
親戚の誰ともレベルが違う。なんかこう、ギャンブラーって感じだった。

そんなこんなで、破竹の八連勝。
みんなからお菓子を巻き上げ、得意げに笑うおばあちゃん。

それまでのお料理上手でおっとりして・・・というイメージを覆す様に、
ただただ茫然としたっけなあ。

一人で迎える年末年始は、寂しいものなのです

人々が新年を迎える準備で忙しい年末、
私は一人で、何時もと変わらない日常を送っているのです。

人々が希望に満ちた新年を迎えるために
楽しそうにお買い物をしているのを見るのは寂しいものなのです。
しかし、一人でも、新年は来るのです。

新年を迎えるために準備をしなければなりません。
それが伝統ですから。
神様や仏さまを迎える為に飾り付けをして、何時もは食べることない。
お正月用の料理も作らないといけません。

それが、我が家に伝わって来た伝統の継承の為ですが、
継承する相手がいません。

北海道では、大晦日に紅白歌合戦を見ながら、ご馳走を食べるのですが、
一人では食事もスグに終わってしまいます。

お酒を飲みながら、食べてもすぐに、
お酒を飲むのも飽きて来てしまうからです。

紅白歌合戦も、知らない若い歌手が出ているので、飽きてきて、
テレビのチャンネルをあっちこっちと何か面白いものを探しますが、
同じような番組ばかり…

そのうち、酔いが回って来て、寝てしまい。
夜中に起きて、またテレビをみて、寝て、朝が来ると目が覚めて、
新年を迎えるのですが、昨夜のご馳走の残りを食べて、
新年のお笑い番組を見て、新年を意識するのです。

生活は、新年を1~2日間だけ感じて、また通常の生活が始まっていくのです。

 

年末年始は自宅でおせちを作って31日は大掃除

私の家の年末年始は大掃除をみんなで分担して行うというのが定番です。

掃除をするのがみんな嫌で最初は大体ふざけたりするのですが、
後半はふざけるのも疲れてきて残された時間で頑張って協力して
掃除をするのが恒例です。

ふざけているのも家族との時間なので、
とても大切な時間だなと思うようになりました。

おせちを作るのですがお母さんが説明した通りにみんな作らないので、
お母さんは子供達にマンツーマンでおせちを作らせているのが
凄く面白くなってしまう時があって、兄弟がわざと順序を間違えて作ったりして
お母さんを怒らせるという事が好きな私達です。

ふざけてばかりいて全然おせち作りがはかどらない姿を父親が見ていると
「何やってんだ真面目にやれ」と雷が落ちてシーンとした中で
おせちを作るのが年末年始の出来事です。

みんな地方から実家に帰って楽しんでいるのはみんな分かっているのですが、
あまり母親を困らせたりしないようにいい加減気を付けたいと思いました。

大人になると甘えると言っても恋愛じゃ甘えられない事も多々あるので、
それを家族の時間で楽しんでいるだけなんだけど、
父は母が困っている顔をするとすぐにかばいたくなるみたいで、
それを見た母が「私は楽しくてこうしているんですから邪魔しないでください!」
と怒った時がありました。

ビックリして父はその年から不機嫌そうな顔はしなくなりました。

除夜の鐘に関するのちょっと変わった経験

大晦日や元旦などはどこの飲食店なども営業時間を早めに切り上げ、
自宅で除夜の鐘を聞くのが普通だと思います。
また、それが世間一般の常識だとも言えます。

そこで、僕が考えたのは『だったらコンビニの店員はどうなのだろうか?』
ということです。

コンビニとは24時間営業のためたとえ大晦日だろうが
一人は業務をしているのが普通な筈です。
そのため僕は暇な友人たちに連絡を回し、
年末をコンビニで過ごすことに決行したわけです。

実際23時にコンビニに行くと人は一人二人程度と
いつもに比べても確かに少ないものです。

悪ノリを決め込んだ僕の友人はレジにいる店員に
『大晦日をコンビニで過ごすって辛くないですか?』などと
危険な質問を訪ねていたのです。

店員さんの回答は『配偶者はいないから特に抵抗はない。
むしろ年末年始は手当が厚いから普通に働くより儲かる』
という回答を頂いたわけです。

仕事に身を捧げている人ってこういう人のことを指すんだろう、
と思った若い日の懐かしい思い出です。

その後は24時までコンビニに滞在し、
その店員の方と友人とともに除夜の鐘を聞いて新年を迎えました。

自分が若い頃にした少し変わっていて、
他の人が殆どやったことの無い年末の楽しかった出来事の1ページです。

年末年始の大掃除で一番好きだったこと

私が小学生の頃、社宅から一軒家に引越をした。
父が一大決心をして、持ち家を買ったのだ。

小学校の途中で転校することになった自分は、
新しい家への引越をあまり嬉しいと思わなかった。

新しい家はとても綺麗で、社宅にはなかった自分専用の部屋も作ってもらった。
それでもやっぱり私は、
前の古い家から小学校に通って、友達と一緒に卒業をしたかった。

もちろんそれは叶わない願いで、
後ろ髪を引かれる思いで古い家を後にしたことをよく覚えている。

新しい家での一番の楽しみは、大掃除だった。
年末年始の時期になると必ず、家族総出で家中の大掃除をするのだ。

部屋の中から始まり、窓ガラスやベランダなど、
普段は掃除をしないところまで丁寧に磨き上げる。

真冬の寒い時期に冷たい水を使って窓ガラスの拭き掃除をするのは、
確かに手が冷たくて大変だったし、
上の方まで手を伸ばそうとすれば肩が痛くなった。

それでも家の中がどんどん綺麗になっていくのが楽しくて、
大掃除を苦に思ったことはなかった。

年末年始の大掃除で一番好きだったのは、
床のワックス掛けだった。

動かせる家具は全部動かして和室に押し込み、
フローリングの部屋にはできる限り何も置かれていない状態にする。

まずは普段と同じように掃除機をかける。
そこから先が、年末年始の特別行事だった。
床を丁寧に水拭きした後、ワックスを含ませた布で床を端から磨いていく。

自分が磨いた場所には乗らないように、
後ろ向きに下がりながら床を拭いていくのだ。
最後に玄関か和室に上がり込めば、完了。

あとはワックスが乾くまでの間、窓を開け放して待つだけだ。
ワックスが乾くと、フローリングの床がきらきらと輝いているように見える。
新しい年が来るのだと、子供心にわくわくしたものだ。

今では父も母も年を取り、
私が子供の頃にしていたような大掃除はしなくなった。

毎日の掃除である程度の汚れを落としておいて、
あとは気になるところだけ少し念入りに磨く程度。

フローリングの床は以前のようにきらきらと輝くことはなくなった代わりに、
あちこちに残っている傷が不思議といい味を出していて、
深くて艶やかな輝きを見せてくれる。

私が子供から大人になったように、
家もまた成熟したということなのかもしれない。